篠山城
豊臣氏を包囲する城のひとつとして、家康の命で山陰道の要衝地に築かれた。総譜請奉行は池田輝政、縄張りは築城の名手・藤堂高虎が手がけ、総勢8万の労力を投じてわずか6か月という短期間で完成させた。天守台は築かれたものの、天守閣が築造されることはなく、城の中核を大書院が担った。大書院は一大名の書院としては破格の規模と古式の建築様式を備えた木造建築物であった。
大書院 上段の間
現存する同様の建物では二条城二の丸御殿の遠侍に類似する大書院の中で、最も格式の高い部屋。江戸初期の狩野派屏風絵を壁画として転用し往時を再現している。