現存天守・弘前城
江戸時代に築城されてからおよそ400年の歴史があり、現存する天守を持つ12城の一つです。東北を代表するこの名城は、五層五階の天守を備えた城でしたが、落雷で五重の天守が焼失。その後、櫓を改修して三層三階の天守が築かれました。現在は弘前公園として整備されており、園内には史料館や情報館、植物園などがあります。四季を通じて様々なイベントが開催される人気スポットで、弘前公園は桜の季節になると毎年約200万人が訪れる日本有数の桜の名所です。
追手門
弘前公園の正面玄関とも言えるのが、この追手門。藩政時代にも、初期を除いてほとんどの期間、この門が正面とされていました。園内に現存する他の4つの門同様、この追手門も2層の櫓門となっています。全体的に簡素な素木造りとなっており、戦国時代の古い形式を残すものとして全国の城郭建築の中でも珍しいものとされています。
二の丸・南門(南内門)
二の丸にある南門(南内門)は、現存する5つの門の一つで、櫓を備える城門です。南門(南内門)の左側に未申櫓、右側に辰巳櫓があります。周辺には、家臣の屋敷が集まっていたと言われており、弘前藩で代々、家老を務めた大道寺家の屋敷も南内門の近くにあったとされています。
弘前城の特徴
弘前城は、津軽平野の中央西に築かれた平山城です。弘前城は、現存する12天守の一つであり、また東北では唯一の現存天守でもあります。弘前城の現存する天守は三層三階の複合式層塔型。天守の屋根は大雪が降っても割れることのない銅瓦葺きを使用しており、東北の城ならではの特色です。
杉の大橋
中濠を隔て、二の丸と三の丸に架かる橋です。築城当時、スギ材で作られた橋であったため、杉の大橋という名が付けられたとされます。この橋は、戦になると敵の侵入を防ぐため壊される架け橋でした。そのため、壊すにしても焼き払うにしても、柔らかく燃えやすい性質を持ったスギが用いられたと考えられます。1821年(文政4年)、濠の両側が石垣となるとともに、ヒノキ材による架け替えが行われ、欄干と擬宝珠が付け加えられました。
辰巳櫓
二の丸には、3棟の櫓が現存しており、重要文化財に指定されています。それぞれ、天守から見た方角の名前が付けられており、南東の方角にある辰巳櫓(たつみやぐら)、南西の方角にある未申櫓(さるひつじやぐら)、北東の方角にある丑寅櫓(うしとらやぐら)です。この三層の櫓は、いずれも三層三階で屋根は入母屋、そして防弾・防火のため土蔵造りになっています。
弘前海老トマト
弘前駅から徒歩5分。数種類のエビから取っただしと五ツ星レストランのシェフが使っているというイタリア産フルーツトマトで仕上げたスープが特徴。オマール海老SOBAに舌鼓。
